水素還元鉄は実用化できる?1トン・45%削減・1t/hを比較

グリーン水素を使う製鉄設備と再生可能エネルギー、低炭素鋼材を表したイメージ テクノロジー
グリーン水素と製鉄設備の連携は、鉄鋼GXの社会実装に向けた重要な論点です。

グリーン水素による還元鉄は、日本で約1トンの試作に成功した段階から、1t/h級設備の72時間連続運転や、試験高炉でのCO₂排出45%削減まで前進しています。ただし、「約1トン」「1t/h」「45%」は別の設備・方式・評価軸です。数字だけを並べて商用化が完了したと判断することはできません。

本記事では、100%水素で鉄鉱石を還元する直接還元法と、既存高炉へ水素を吹き込むSuper COURSE50を分け、設備規模、成果、次の確認条件を比較します。結論として、技術成立の証拠は増えていますが、大量の低炭素水素、電力、連続操業、溶解・精錬、コスト、需要家による価格負担が商用化の条件です。

公式確認できた事実:3つの数字は別の成果

NEDOの2026年7月31日発表では、JFEスチール東日本製鉄所の試験設備で、日本初となるグリーン水素を使った還元鉄の試作に成功しました。山梨県米倉山で製造したグリーン水素を運び、約1トンの還元鉄を製造した実証です。

その後、NEDOのプロジェクト解説で、別方式・別設備の進捗が公表されました。Super COURSE50の小型試験高炉ではCO₂排出45%削減と、その状態での安定した連続運転を確認。日本製鉄の直接水素還元シャフト炉では、2026年3月の稼働開始後、100%水素で72時間の連続運転に成功しています。

公表された数字 方式・設備 確認できたこと 確認できないこと
約1トン JFEスチールの直接還元試験設備 グリーン水素で還元鉄を試作 商用規模の生産コスト・年間生産量
45%削減 Super COURSE50小型試験高炉 高炉のCO₂削減と安定連続運転 実機サイズで同じ削減率を維持できるか
1t/h・72時間 日本製鉄の直接水素還元シャフト炉 100%水素での連続運転 72トンを実際に生産したとは公表されていない
予算上限4,391.6億円 GI基金の製鉄プロジェクト全体 複数方式を並行開発 1設備の投資額ではない

同じ「水素製鉄」でも、約1トンは製造量、45%は排出削減率、1t/hは設備の生産能力です。分母も目的も違うため、大小関係を直接比較してはいけません。

公式資料でも設備能力の表記が異なる

試験設備の数字を読む際は、公表日と対象設備まで確認する必要があります。JFEスチールの直接還元試験設備について、NEDOの2026年8月の解説は処理能力を15kg/hと記載する一方、経産省の進捗資料には25kg/hと示す図があります。設備改造や算定範囲の違いによる可能性はありますが、公開資料だけでは差の理由を断定できません。

このため本記事では、JFE設備について「15kg/h×運転時間」などの生産量推計は行いません。比較に使うのは、公式発表で共通して確認できる「グリーン水素を用いて約1トンの還元鉄を試作した」という実績です。一方、日本製鉄の1t/hは設備の名目能力、72時間は連続運転時間であり、実生産量ではありません。数字が新しいほど優先するだけでなく、実績値、能力値、目標値のどれかを識別することが重要です。

今後、設備能力や生産量が更新された場合も、旧数値を誤りと決めつけるのではなく、設備名、試験期間、還元率、定格・平均の別を照合します。商用化判断に最も強いのは、設備能力そのものよりも、一定品質の製品をどれだけの稼働率と原単位で継続生産できたかという運転実績です。

直接水素還元と高炉水素還元は何が違うか

高炉法は、鉄鉱石から酸素を取り除く還元と、鉄を溶かす工程を大規模な高炉内で進めます。水素の使用割合を高めても、高炉の構造上、コークスを完全にはなくせません。一方、直接水素還元は高炉を使わず、水素で鉄鉱石を固体の還元鉄(DRI)にします。理論上は還元工程のCO₂排出を大幅に減らせますが、できた固体を電炉や電気溶融炉で溶かし、品質を調整する後工程が必要です。

比較項目 高炉水素還元 直接水素還元
既存設備 高炉を活用しやすい シャフト炉・電炉等の新設備が必要
炭素 構造上、一定量が必要 100%水素還元を目指せる
今回の代表成果 試験高炉でCO₂45%削減 1t/h設備で100%水素72時間運転
主な課題 大型化、炉内温度、反応制御 低品位鉱石、吸熱、溶解・精錬、不純物
最終製品まで 既存工程との接続性が高い DRIを溶かし鋼材にする工程が必要

Super COURSE50では、大量の水素を吹き込むと吸熱反応で炉内温度が下がるため、水素を高温に加熱して供給します。直接還元でも吸熱への対策が必要で、日本製鉄は水素の予熱条件と還元条件を検証しています。

Econova独自整理:1t/h×72時間は「理論上72トン」

日本製鉄の試験設備は生産能力約1t/h、連続運転は72時間です。単純に能力と時間を掛けると、1t/h×72時間=72トンが名目能力ベースの処理量になります。約1トンの試作と比べれば、連続運転のスケール確認が大きく進んだことを示す目安です。

ただし、NEDOは72時間で実際に72トンを製造したとは公表していません。試験中に常時定格能力で運転したか、製品歩留まりが何%だったかも不明です。したがって72トンは生産実績ではなく、設備能力から計算した理論値です。商用性を判定するには、実生産量、稼働率、水素消費量、電力使用量、還元率、品質の公表が必要です。

計算項目 値 扱い
設備能力 約1t/h NEDO掲載の事業戦略資料
連続運転 72時間 NEDO公表
名目能力ベース 72トン Econova計算。実生産量ではない
単純年換算 8,760t/年 Econova計算。実際の年間生産量ではない

1t/hを24時間・365日動かす単純計算は8,760t/年です。これは休止せず定格で動かす仮定の換算値であり、保守停止や稼働率、歩留まりを含む実際の年間生産量ではありません。

CO₂削減率を比較するときの境界

CO₂削減率は、製鉄所内だけを数えるのか、水素や電力をつくる工程まで含めるのかで変わります。再生可能電力で製造したグリーン水素は還元工程の排出を抑えられますが、水電解装置、圧縮・輸送、予熱、電炉で使う電力の排出係数が高ければ、サプライチェーン全体の削減効果は小さくなります。

したがって、45%という試験高炉の結果と、将来の水素DRIを使う鋼材のライフサイクル排出量を直接比べることはできません。次の公表で確認すべきなのは、基準となる従来材、算定対象の工程、使用電力の排出係数、還元鉄1トン当たりの水素・電力消費量です。同じ境界で算定された数値がそろって初めて、方式間の削減効果とコストを比較できます。

45%削減はどこまで商用化に近いか

Super COURSE50の45%削減は、目標の50%以上へ近づいた成果です。ただしNEDO自身が小型試験高炉の段階と説明しており、大型化すると熱・ガス流・原料分布・制御条件が変わります。既存設備を活用できる利点がある一方、小型炉での削減率をそのまま商用高炉へ当てはめることはできません。

NEDOの進捗ページでは、製鉄所内の水素系ガスを使う実証を2026年1月から開始し、直接還元では小型シャフト炉・電炉が順次完成したと説明しています。技術開発は、原理確認から連続運転、スケールアップ、実機実証へ段階的に進みます。

段階 今回確認できた進捗 次の判定条件
試作 グリーン水素で約1トン 品質・歩留まり・水素原単位
連続運転 100%水素で72時間 より長期間の安定性・稼働率
排出削減 小型試験高炉で45% 大型炉・実機での再現
後工程 電炉・電気溶融炉を開発 不純物制御、高級鋼の品質
事業化 商用化工程を提示 設備費、電力・水素コスト、需要家契約

2028~2030年の工程をどう読むか

NEDOの英語版プロジェクト解説では、水素DRIを溶かす新型電炉について、JFEスチールが2028年度、日本製鉄が2029~2030年度の商用運転開始を目指すとしています。これは水素DRI製造設備全体が同時期に全面商用化するという意味ではなく、後工程である溶解・精錬技術の工程です。

NEDOのプロジェクト概要は、2050年のグリーンスチール市場を最大約13億トン・約40兆円規模と見込みます。ただし市場規模の推計と、個別設備が採算を確保できるかは別です。低排出鋼材は水素・電力・新設備の費用を伴うため、自動車、建設、機械などの需要家が排出削減価値を評価し、長期調達や価格プレミアムを受け入れられるかも事業化条件です。

実用化を判断する5つの確認項目

  1. 水素原単位:還元鉄1トンに必要な水素量と調達価格
  2. 電力原単位:水素製造、予熱、電炉・電気溶融炉で使う電力量
  3. 連続操業:72時間から月単位・年単位へ安定運転を伸ばせるか
  4. 品質:低品位鉱石の不純物を除き、高級鋼の品質を満たせるか
  5. 販売:GXスチールの価格差を需要家が負担できるか

製鉄技術だけでなく、水素の製造・輸送・貯蔵と電力網が必要です。水素キャリアの選択肢は常温水素キャリア・MCH・液化水素の比較、鉄鋼を含む素材GX全体はGX・エネルギー・素材の総合ガイドで整理しています。

よくある質問

Q1. グリーン水素還元鉄はすでに商用化されていますか?

日本では試験設備での試作・連続運転段階です。商用規模のコスト、稼働率、品質、水素供給は今後の確認事項です。

Q2. 約1トンと1t/hは同じ成果ですか?

違います。約1トンはJFEスチール設備での試作量、1t/hは日本製鉄設備の名目生産能力です。

Q3. CO₂45%削減は100%水素還元の成果ですか?

違います。45%削減は水素を高炉へ吹き込むSuper COURSE50の小型試験高炉での成果です。100%水素の直接還元とは方式が異なります。

Q4. 72時間で72トンを製造したのですか?

実生産量は公表されていません。72トンは1t/hの名目能力と72時間を掛けた理論値で、実績値ではありません。

Q5. 次に注目すべき公表は何ですか?

実生産量、稼働率、水素・電力原単位、還元率、不純物、鋼材品質、実機でのCO₂削減率、需要家との調達契約です。

※本記事は2026年11月1日時点の公表資料に基づく技術・事業進捗の整理です。特定企業の株式売買を推奨するものではありません。

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